複雑なEV用バッテリサプライチェーン
EVに対する世界的な需要の高まりにより、必要な生産量に対応するため、アップストリーム、ミッドストリーム、ダウンストリームの各段階を通じて効率的でサステナブルなバッテリ製造方法の導入が進んでいます。
要約
- EVの普及に伴い、リチウム、コバルト、ニッケル、グラファイトなどの原材料の安定供給がバッテリの生産に不可欠となっています。また一方で、採掘によって環境に与える影響を管理する必要があります。
- 高品質で安全かつ効率的なEV用バッテリを製造するには、高度な計装機器を活用した厳格な品質管理が欠かせません。
- バッテリ容量と充電インフラの改善によりEV普及は推進されていますが、依然として多くの課題があります。
- EVの普及が進むにつれて、使用済みバッテリも増加しています。産業界は、有益な鉱物を復元し、環境負荷を最小限に抑え、原材料の回収を増加さえるために、効率的で拡張可能なリサイクル方法を開発しなければなりません。
サプライチェーンの課題
電気自動車(EV)の世界的な普及拡大は、進化し続けている複雑なリチウムイオン(Li-ion)バッテリのサプライチェーン(原料鉱物の採取からバッテリコンポーネントの製造、セルの組立てまで)に依存しています。この複雑なプロセスの各段階には、独自の課題と改善余地があります。
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この10年間でEV用バッテリのサイズ、航続距離、性能に対する期待が高まり、鉱物の組み合わせを改良した大型のバッテリパックが必要となり、車両1台あたりのセル数も増加しています。
また、初期のEVとリチウムイオンバッテリの寿命が迫っており、業界はサステナブルなリサイクル方法を開発する必要性に迫られています。こうした取り組みは、廃棄物を最小限に抑え、鉱物資源とその採取環境への負担を軽減するために不可欠です。
急成長するEV市場
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EV新車市場は、2030年まで32%の年平均成長率が予想されています。
多くのバッテリと同様に、EV用バッテリも、リチウム、コバルト、ニッケル、グラファイトを含むさまざまなレアアース鉱物で構成されています。これらの材料の多くは、化石燃料の継続的採掘と燃焼に依存する内燃機関(ICE)による自動車とは対照的に、循環型経済として再利用とリサイクルが可能です。
リチウムやその他のレアアース鉱物は、採掘からバッテリパックの形で卸売市場や小売市場に届くまでの間に、多くの段階やプロセスを経ることになります。これらのプロセスには、採掘、精錬、バッテリ製造、組立て、出荷が含まれます。
リチウムバッテリの価格には、すべての中間工程が反映されており、大型のEV用バッテリは非常に高価になることがあります。たとえば、テスラ・モデルSの交換用バッテリパックの価格は、2024年時点で8,000~10,000米ドルとなっています。
アップストリーム
EV用バッテリのサプライチェーンの道のりは、必要不可欠なレアアース鉱物を採掘する鉱物資源の豊富な地域から始まります。材料のほとんどは、鉱物を豊富に含む鉱石として採取され、精錬、処理、溶出、精製されます。
しっかりした環境保護対策が実施されない限り、採掘活動は森林破壊、野生動物の生息地喪失、水質汚染につながる可能性があります。さらに、レアアース鉱物が限られた地域に集中していることから、地政学的な脆弱性やサプライチェーンが混乱する可能性が懸念されており、業界関係者は市場を注視し、潜在的な影響を早めに軽減するために協力する必要があります。
産業界は、鉱物の多様化への取り組み、より環境に配慮した採掘方法、バッテリ用鉱物のリサイクル性の向上を通じて、こうした課題に対応しています。これらの措置により、地政学的な影響を受けやすい物質への依存度を減らし、鉱山周辺の生態系を保全し、水資源を保護することが期待されています。
ミッドストリーム
ミッドストリームプロセスでは、原材料をバッテリグレードの複合材料に加工する必要があります。これらの工程には、リチウムを水酸化物、炭酸塩、塩などの化合物に処理することが含まれます。これらは、バッテリの電極コーティングや、バッテリセルの陰極と陽極間の電解質層の製造に欠かせません。
バッテリの陰極は、セルの性能に大きく影響します。ほとんどのEV用陰極はコバルトとニッケル合金の組み合わせですが、より安全で効率的かつ多様な金属の組み合わせによる実験が続けられています。
リチウムイオン陽極は通常、グラファイトでコーティングされた銅箔で構成されており、充電および放電中のリチウムイオンにホスト構造を提供します。このコンポーネントでは、正確なサイズに研磨された特殊なグラファイトが銅の表面に塗布されています。
ほとんどのEV用バッテリには個別のセルが何千個も含まれているため、ミッドストリーム工程は非常に大規模なものとなっています。安全で効率的なバッテリを製造するには、材料の純度と製造品質の確保が不可欠であり、製造プロセスを監視・制御するための高度なプロセス計装やアナライザが必要です。
ダウンストリーム
製造後、各コンポーネントはセルに組み合わされ、EV用は通常円筒形になります。これらのセルは、長距離走行に対応できる電力を車両に供給するために、大型のバッテリパックに組み立てられます。
航続距離の長いバッテリは、乗用車及び商用車市場においてEVの実現可能性を高めるための重要な条件です。ドライバーは、豊富なガソリンスタンドのネットワークを利用して、数百マイル走行した後、わずか数分で内燃機関(ICE)自動車を満タンにすることに慣れています。これに対して、EV充電ステーションは数が少なく、バッテリの充電には数時間かかります。
こうした欠点に対処するためには、高出力の急速充電を中心に、充電インフラを拡大し続ける必要があります。より高いエネルギー貯蔵容量を備えた高性能バッテリは、特に長時間駐車されることが多く、十分な充電機会が得られる乗用車市場や商用車市場においては、実現可能性に関する懸念を軽減することができます。
水素燃料電池の開発は、充電時間の問題を解決するためのもう1つの技術的選択肢となりますが、燃料供給インフラが多くの地域で決定的に不足しているため、ほとんどの市場で水素燃料自動車は、当面は実現可能性がありません。
留意事項
リチウムイオンバッテリは、内部に蓄えられたエネルギーと、使用されている原材料や化学物質の反応により危険な状態になる可能性があります。火花にさらされたり、変形したり、構造に問題があったりすると、発火しやすくなります。さらに、リチウムベースの電解質が分解すると、エチレン、メタン、水素などの可燃性ガスが空気中に放出される可能性があります。
損傷や不適切な充電によりバッテリが過熱すると熱暴走が発生する恐れがあり、EV用バッテリにとって深刻な問題となります。このような事態が発生すると、温度の上昇によって電解質が気化し、セルケースが損傷して可燃性ガスが放出されます。過充電によりセル内部に金属リチウムが形成され、内部短絡を引き起こしたり、周囲の湿度と反応したりする可能性があります。この暴走反応は、一度始まると電源を切っても止まらないことがあります。残念ながら、熱暴走は火災が発生するまで発見が難しいため、高品質のセル製造が重要であることが明らかです。
リサイクル
寿命を迎えたEVから廃棄されるバッテリコンポーネントの急増に産業界が対応する必要があるため、近年、EV用バッテリのサプライチェーンではリサイクルが重要な課題となっています。EVの普及が進むにつれて、新たなEV用バッテリ製造のために、有用な金属を回収し、環境負荷を最小限に抑え、新たな採掘を補完する、効率的でサステナブルなリサイクル方法が必要になっています。
EV用バッテリは、乾式冶金や湿式冶金によって、小型のリチウムイオンバッテリと同様の方法でリサイクルできます。しかし、その大きさ、重量、複雑さゆえ、効果的な鉱物回収には多くの課題があります。リサイクル施設によって、この作業への取り組み方は異なります。熟練の作業員チームがEV用バッテリパックを手作業で分解するところもあれば、酸素を制限して燃焼のリスクを減らすために不活性液体に浸漬させた状態でバッテリ全体を細かく切断するところもあります。
EV用バッテリのリサイクルの効率性は、課題がありながらも急速に向上しており、ロボットによる解体などの革新的技術がリサイクルの効率化に貢献しています。多くのEVが販売され、バッテリベースのエネルギー貯蔵システムが普及することで、それに応じた規模のリサイクルが必要となるため、大規模なバッテリリサイクルはますます重要な研究分野となります。
サステナブルなサプライチェーン
急増するEV用バッテリの需要を満たすには、採掘、製造、組立て、リサイクルの各プロセスにまたがる安定したサプライチェーンが必要です。さらに、バッテリパックの効率的な製造を維持するためには、地理的に分散した地域間でコンポーネントや材料のシームレスな流れを確保しなければなりません。
電動モビリティへの移行には課題もありますが、二酸化炭素排出量を削減し、大気中の温室効果ガスを制限するための世界的な取り組みの一翼を担っています。EVサプライチェーンが抱える課題にサステナブルな形で取り組むには、責任ある原材料の調達、採掘による環境負荷の緩和、製造・組立て時の厳格な品質管理、バッテリリサイクル技術への継続的な投資が必要です。