水素の輸送と貯蔵
水素はゼロエミッションを実現するため、天然ガスや化石燃料よりも環境負荷の点で優れています。しかし、規模の拡大には効率的な製造、実現可能な輸送および貯蔵方法、安全な取扱いが不可欠です。
要約
- 化石燃料は、電力、輸送、産業、住宅、商業分野など、経済社会全般で使用されています。アプリケーションによっては、水素を代替燃料としたり、水素を混合することで、化石燃料の消費量と二酸化炭素の排出量を削減できます。
- 水素には特有の危険性があり、特に酸素が存在する場合は可燃性が極めて高くなります。このため、輸送および貯蔵には適切なエンジニアリング、施工、運用、メンテナンスが必要となります。
- 水素は、パイプライン、トラック、鉄道、および船舶で輸送されます。最適な輸送手段は、輸送する水素の量、輸送時間、輸送距離、輸送インフラの場所および可用性によって決まります。
- 水素は、物理的に気体、液体、または気体と液体が混在した状態で貯蔵できます。水素を貯蔵する方法として液体有機物、メタルハイドライド、吸着材といった物質内に貯蔵する方法が開発されています。また、ある民間の研究者は岩塩洞窟内への貯蔵の可能性を調査しています。
- 化石燃料と水素にはその特性に大きな違いがあるため、水素の貯蔵や輸送システムの設計、施工、運用、メンテナンスを担う作業員に対する特別なトレーニングが不可欠です。
課題
現在ほとんどのインフラ用エネルギー源として使用されている化石燃料は、燃焼時に汚染物質や二酸化炭素を排出します。二酸化炭素は温室効果ガス(GHG)であり、地球温暖化や気候変動に影響します。
一方、水素は燃焼時に無害な水蒸気と僅かな酸化窒素(NOx)しか生成せず、二酸化炭素だけでなく、二酸化硫黄(SOx)など他の汚染物質も排出しません。加えて水素は、多くの既設天然ガスタービンにおいて水素と天然ガスを混合した燃料で運転可能な内燃機関を搭載しているため、活用が可能です。しかし、取扱いを誤ると、水素は危険な物質です。
第一の懸念事項として、水素分子は他のいかなる分子よりも小さいため、タンクやパイプラインから漏れやすく火災や爆発の原因となります。これらの設備に対し、密閉のために使用する継手、ガスケット、バルブ、およびその他のシーリングの材質や方法については、特別な配慮が必要です。火炎検出器や可燃性ガス検出器などの環境モニタリング機器、圧力や温度伝送器などのインライン機器を取り付けることで、密閉機能喪失といった異常事態を検知する必要があります。水素は二原子分子であるため、天然ガスアプリケーションで広く使用されている赤外線によるガス検出技術は、水素ガス検出には適合しません。
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水素分子は他のいかなる分子よりも小さいため、タンクやパイプラインから漏れが発生し、火災や爆発の原因となる懸念があります。
水素の漏れは、主に鉄などの金属が水素原子を吸収することで発生する水素脆化によって引き起こされます。これらの原子は再結合して水素分子となり、金属内に拡散して気泡ができるため、常温であっても脆化や割れが発生します。このため、アプリケーションに応じた適切な材料を選定することで、これらの問題に対処することが重要です。
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水素は金属製配管、タンク、およびその他シーリング、バルブ、継手、ガスケット、シール材などの脆化によって、機器に大きな不具合を生じさせることがあります。
水素貯蔵
安全な水素貯蔵は、水素および燃料電池技術の進歩のための重要な要素です。
水素は、物理的に圧縮ガスまたは低温液体として貯蔵できます。圧縮ガス水素は、通常35~70 MPa(5,000~10,000 psi)でタンク内に貯蔵されます。完全な液体水素は-253 °C(-423 °F)で貯蔵でき、極低温圧縮された水素は-233 °C(-387 °F)で貯蔵できます。 水素を気体で貯蔵する場合は温度要件が緩和されるため経済的ですが、液体で貯蔵した場合はエネルギー貯蔵密度をはるかに大きくすることができます。
液体水素は、長らくロケットの打上げ燃料として使用されてきました。宇宙では、液体水素は圧縮されたガス、または低温液体としてシリンダやチューブ、球体タンクに貯蔵されます。気体水素は、一般的にシリンダに貯蔵されます。一方、液体水素の貯蔵には、表面積が最も小さくなる球形タンクが適しています。これは、外部からの熱伝導に関係しています。
水素は固形物の表面(吸着)、または固形物の内部(吸収)に貯蔵することも可能です。これらの技術は燃料密度の要件を満たすために開発が進められています。また、漏れや漏れによる出火のリスクが低減するため、プロセスの安全性が向上します。
すべての水素貯蔵システムにおいて、以下のような安全対策が講じられています。
- 水素貯蔵設備は車両、製造プロセス、熱源、フレア、喫煙場所から離れた、屋外の風通しの良い場所に設置する。
- 貯蔵容器を引きずらない、転がさない、滑らせない、落下させない
- 水素の取扱い時には、必ず防爆工具および防爆機器を使用する
- 機器および配管をすべて接地する
- 石鹸水を使用して、定期的に漏れをチェックする。漏れのチェック時に火炎は絶対に使用しない。
車両における水素貯蔵
高密度水素の貯蔵要件は、輸送システムにとって大きな課題です。水素のエネルギー密度はガソリンよりもはるかに小さいため、同量のエネルギーを貯蔵するには、より大きなタンクが必要になります。一般的に、車両用水素タンクは天然ガスのタンクよりも大きく、耐圧性に優れています。
このような空間的な要件は、人や物を空間効率よく快適に輸送するという車両の機能を損ない、重量が増すことで、一定量のエネルギーで走行できる距離に影響が出ます。さらに、水素燃料電池は内燃機関よりも多くのスペースを必要とし、重量が増えるだけでなく、潜在的な漏れのリスクも増加します。
水素をエネルギー源とする乗用車やトラックが入手できたとしても、世界的に水素充填ステーションの数は限られています。これでは、多くの人、特に車を毎日使用する人にとって実用的とは言えません。しかし、水素インフラは継続的に開発が行われており、将来的に状況が変わる可能性があります。
これらのデメリットがあるとは言え、水素をエネルギー源とする乗用車や長距離トラックには、電気自動車よりもはるかに優れた点があります。電気自動車は充電に何時間もかかりますが、水素自動車は数分で充填でき、長期間貯蔵してもエネルギーは劣化しません。エネルギー貯蔵密度はバッテリの100倍以上も大きく、燃料はバッテリよりもはるかに軽く、よりコンパクトです。また、特にリチウムを使用する最新のバッテリの製造では必要な材料が不足していますが、水素燃料電池の製造に必要な材料は豊富に存在しています。
水素の輸送
製造した気体水素は、近隣で消費することも、輸送用に圧縮してシリンダに充填することも、貯蔵密度の向上や長距離輸送のために液化することもできます。一般的に、水素の輸送にはパイプライン、トラック、鉄道、または船舶が使用されます。製造施設から近隣の消費地までの水素の輸送には、パイプラインが最も多く使用されます。また、長期にわたって安定した需要が見込まれる場合には、長距離輸送にもパイプラインが使用されます。
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水素は気体、液体、または気体と液体が混在した状態で輸送できますが、いずれも場合も個別の安全システムが必要となります。
短距離ではトラックによる輸送が最も一般的です。長尺の高圧シリンダを積載したチューブトレーラ、または極低温の液体水素にはタンクローリーを使用します。中距離の液体水素輸送には鉄道が使用され、重量物として長距離輸送する場合は船舶が使用されます。